フィンランドにとって最も重要な一人:マンネルヘイム

公開日:2021年1月5日  関連分類:

引用:Wikipedia Carl Gustaf Emil Mannerheim

 

フィンランドのことをある程度知っていると、それぞれの分野での重要な人や代表人物がわかってきます。

 

例えば、文学の分野ではムーミンの作者であるトーベ・ヤンソンがトップに輝き、建築デザイン分野ではアルヴァ・アールトの右に出る者がいません。

音楽で言えば、シベリウスでしょう。

 

 

しかし、分野に限らず、フィンランドという国で一番重要な人は誰だ?と国民に選ばせたら、一位に輝いたのはこの方です。

 

 

マンネルヘイム」(フールネーム:Carl Gustaf Emil Mannerheim)

 

 

今ヘルシンキ市の市中心から北西方向に延びる重要な主要道路の名前もマンネルヘイムと名付けされ、Kiasma現代美術館の前にもマンネルヘイムの騎馬像がそびえています。

 

 

では、マンネルヘイムとはどういう方で、なぜフィンランド人にとって最も重要な人になったでしょうか?

 

 

 

 

フィンランドをリードし、守ってきたマンネルヘイム

フィンランドの独立は今からわずか百年余り前のことです。

その前はロシアの属国でした。

 

 

マンネルヘイムはそのロシア時代にフィンランドで生まれた一人です。

彼の先祖はスウェーデンから来ており、彼の家族ではスウェーデン語を話していました。

 

 

ロシア軍隊に入隊し、軍事を学んできたマンネルヘイムは日露戦争で功績を残し、フィンランドが独立した1917年にマンネルヘイムはすでに将軍の階位に達し、ロシアの高級将校になっていました。

 

 

フィンランドが独立して間もなく内戦が勃発。

 

マンネルヘイムは白軍を統率し、共産社会主義の赤軍と戦い、勝利に導きました。

 

 

これはフィンランド独立後初めての戦争です。

独立して間もなくの戦争は国を弱体化し、あっという間に国を滅ぼす可能性まであります。

 

そのような状況でマンネルヘイムは戦争を終わらせ、国を安定させることに成功したのです。

 

 

そして、それから20年後、フィンランドはソビエトとの間に2回も戦争(冬戦争、継続戦争)が起きたのです。

 

2次世界大戦期間中に起きた二回の戦争は共にマンネルヘイムがフィンランド軍の元帥としてロシア軍と戦いました。

 

 

戦争初期はドイツの力を借りてロシアと戦い、戦争の後期にはロシアの侵攻を食い止め、ドイツから離れ、ロシアと講和まで持ち込むことができました

(小国フィンランドにとって、ドイツなど外国の力なしではロシアに勝つのが不可能です。そのため、いかに講和に持ち込み、少しでも講和条件を良くし、いかに自国の独立を維持して生き残ることが最も重要なことです)

 

 

ロシアとの講和条約で多くの領土を失い、多くの弁償金を背負わせられながらも、自国の独立、自国の自由、自由な市場経済を守ることに成功しました。

 

これはソビエトの他の隣国ができなかったことです。

(例えば、隣国のエストニアは独立を維持できず、ソビエトの属国となり、自国の発展を自国の国民で決めることができませんでした)

 

 

そのため、マンネルヘイムはフィンランドに非常に重要で非常に大きいな貢献をしたと言えますね。

 

 

いつでも厳しい状況の中で、小さな国の軍隊をまとめ、近隣国の情勢をうまく判断し、3回も自国のために戦争に参加して巨大な隣国ロシアを恐れずに戦い抜いてきたマンネルヘイムはそれだけでフィンランドの他の誰よりも尊敬されます。

 

 

終戦後、マンネルヘイムは大統領就任2年後に辞職し、その5年後にこの世から去りました。

享年83才です。

 

 

2004年にフィンランド国営放送YLEが行った投票イベントで、マンネルヘイムはフィンランド歴史上最も重要な人物として選ばれました。

 

 

 

 

尊敬されるマンネルヘイムの人間性

マンネルヘイムの残した功績は語り続けられていますが、彼の人間性も同じように多くの人々に尊敬されています。

 

 

マンネルヘイムは高い名声と地位を手に入れても政党に参加せず、国のために貢献するのみでした。

 

戦争時は何度も前線を訪ね、兵士を激励しました。

そして、70代まで国のため、戦争のために働いてきました。

 

 

ソビエトとの戦争をいち早く察知し、戦争勃発の何年の前から準備を始めていました。

 

当時の状況では仕方なくドイツと同盟を組みましたが、敵対国となるイギリスの首相チャーチルはそれでもマンネルヘイムを高く評価し、尊敬していたそうです。

 

 

フィンランド・自国のために自分を捧げ、努力し、命をかけてきたマンネルヘイムは今でもフィンランド人が最も尊敬している人です。

 

 

参考:Wikipedia Carl Gustaf Emil Mannerheim

 

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