ムーミンが歩いてきた軌跡(二):世界に知られるまで

北欧の小国フィンランドにいる一人の作家が作ったキャラクターであるムーミンはなぜ世界に広がりましたのでしょうか。

そのきっかけは何でしょうか。

「ムーミンが歩いてきた軌跡」の第二記事でその成長の一歩一歩を見ていきましょう。

1954年ロンドン新聞夕刊がムーミン漫画連載を開始

ムーミンの物語が1945年に初めて出版されて9年が経つごろ、世界最大の発行部数を誇るロンドン新聞夕刊にムーミン短編漫画が連載されることが決まりました。

ロンドン新聞夕刊に掲載されることによってムーミンが40か国の2千万読者に毎日届けられるようになりました。

この提携はムーミンが爆発的に成長し、世界著名なキャラクターに変身する最大のきっかけでした

結果的に世界最大の新聞社で1974年まで20年間に渡って連載されていました。

漫画の作画は本来トーベ本人が描いていましたが、1960年以降トーベの弟であるラルスが作画作業を引き継ぎ、続けていました。

出典:Moomin.com

1954年第五作出版:「ムーミン谷の夏祭り」

第五作である「ムーミン谷の夏祭り」は洪水と舞台の話が中心になります。

最初は洪水によって大変なことがありましたが、洪水に流されてきた独特な舞台の家を見つけたことによってムーミン一家が初めて舞台に立って演出することができました。

悪い状況からのスタートでも結果的に良かったことになることがありますね、と今回のムーミンの物語から教えてもらいました。

本作の英語タイトルは「Moominsummer Madness」で、「ムーミンの夏の大混乱」と意味し、スウェーデン語のタイトルは「Dangerous Midsummer」ということで、「危険な夏至」というまた違った感じのタイトルになりますね。

1957年第六作:「ムーミン谷の冬」

第六作となる本作は今までの作品と異なり、少し暗く、より内面的な話が多いです。

ムーミン谷は冬の最中にあり、綺麗で白い雪に覆われながらも寒くて人が少ないです。

この物語の中でムーミンはいつもと違い、寂しく感じたり、悲しく感じ辺り、怒ったり、怖く感じたりします。

自分の慣れていない世界で生き残ろうとする自然な反応ではありながら、ムーミンというキャラクターのことをより詳しく深く認識することができます物語です。

1959年初舞台と初テレビ

トーベがこの年に初めて舞台に立ち、出演しました。

また、ムーミンの物語も人形アニメーションになってドイツのテレビで放映されました。

1960年二冊目の絵本

二冊目のムーミン絵本は「Who Will Comfort Toffle?」(日本語名は「さびしがりやのクニット」)

クニットは友達を探しに家を出ました。

旅の中でエーケルンドに出会うことができ、モランから救ってくれました。

1962年第七作目:「ムーミン谷の仲間たち」

日本語でのタイトルは「ムーミン谷の仲間たち」ですが、英語のタイトル名「Tales from Moomin Valley」は「ムーミン谷からの物語」という意味です。

小説という長編物語である他の作品と異なり、本作はたくさんの短編ストリーによって構成されています。

1965年第八作目:「ムーミンパパ海へ行く」

第八作目である「ムーミンパパ海へ行く」ではムーミンパパとムーミン一家の家族たちとムーミン谷の友達と一緒にムーミン谷を離れ、航海に出て行きました。

彼らは灯台の島へ行き、違う環境、違うもの、違う生物、違う人々に出会い、様々な冒険をしていました。

ムーミン谷が大好きで、ずっとムーミン谷にいても飽きないムーミンたちもたまには違う場所に行きたいものですね。

1969年アニメ日本で放送

フジテレビがムーミンのアニメを製作、放送し、ムーミンが初めて日本のテレビに映ることができました。

その後ムーミンが日本で大人気になるきっかけとなりました。

1969年スウェーデンテレビ放送

スウェーデンのテレビ局がムーミンのシリーズを製作し、放送しました。

1970年ムーミン小説最終作:「ムーミン谷の十一月」

トーベはムーミンの話を書くことをやめることにしました。

しかし、大人向けに書き続けたいと思われていたので、本作を書きました。

初めて物語の中にムーミンがいないです!

ムーミン谷の他の皆さんがムーミンたちに会いに来たが、ムーミンたちがいないです。

そのため、彼らは一緒に生活しながらムーミンたちを待ちます。

果たしてどうなるのでしょうか。。

1974年ムーミンオペラ開演

フィンランドのヘルシンキにてムーミンオペラが初めて開演されました。

1977年ムーミン絵本:「ムーミン谷へのふしぎな旅」

子供向けの絵本「ムーミン谷へのふしぎな旅」が発表されました。

英語名のタイトルの意味は「危険な旅」で、結構意味が変わっていますね。

スザンナ、ヘムレンさん、スニフ、メソメソ、トフスランとビフスランの探検の旅を絵が描いています。

1979年ムーミン人形アニメ上映

スウェーデンの映画製作会社「Film Polski」がムーミンをテーマとする人形アニメを制作し、ポーランドにて上映しました。

「さびしがりやのクニット」をベースに30分のアニメ映画となりました。

1987年タンペレにてムーミン谷博物館オープン

1990年長編ムーミンアニメ公開

Telecable制作会社がムーミンアニメを1話30分の長さで104話を製作しました。

このムーミンアニメシリーズは60か国以上に放映されました。

1993年ムーミンワールドオープン

世界初で唯一のムーミンテーマーパークがフィンランド・トゥルク近くのナータリでオープンされました。

このタイミングをきっかけにムーミンキャラクターのライセンス事業が始まり、多くの商品にムーミンが現れるようになりました。

2001年トーベ・ヤンソン死没

トーベ・ヤンソンさんは2001年6月27日にこの世から永遠に離れました。

2006年ムーミン漫画再出版

カナダの出版社Drawn Quarterlyがムーミンの漫画を全てまとめ、英語版で再出版しました。

2014年トーベ・ヤンソン生誕100周年

トーベ・ヤンソン生誕100周年の2014年に様々な記念イベントが開催され、多くの記念製品も発売されました。

お薦めムーミングッズ

かわいいムーミンが色々な形で登場します!是非参考にご覧ください。

ショップコンセプト

1.北欧・フィンランドというと?

北欧・フィンランドというと「幸福度が高い」「社会福利が充実」「なんかみんな楽しく生活している」というイメージを持つのでしょうか。ただし、実際に見て感じてみると、合致する部分もそうではない部分も見えてきます。良いと思う部分をうまく取り入れ、そうではない部分も積極的に理解することが大切だと思います。そのため、キートスショップは「北欧・フィンランドと日本の交流を促進し、人々により幸せな生活をして頂く」ことの実現を目指していきたいです。

2.北欧・フィンランドのデザイン

北欧にあるフィンランドは毎年冬が寒くて暗いです。家の中で生活する時間が非常に長いフィンランド人はちゃんと室内の生活を楽しもうと発展してきたのは生活製品のデザインです。そんなフィンランドデザインの特徴は「シンプル」「スタイリッシュ」「温もり」「ナチュラル」「鮮やか」。デザイン性の高さに加え、機能性にも優れているのが更なる魅力です。

3.「隠れ」デザインの魅力

人気ブランドのマリメッコやイッタラ、アラビアなどは知られていますが、優れたものを作りながら知られていない小さなメーカーやデザイナーが北欧・フィンランドに多数存在しています。良い製品・作品が埋もれてしまうのは、とてももったいないこと

キートスショップは、そのようなメーカーやデザイナーの製品・作品の発掘に力を注ぎ、まだ知られていない北欧雑貨を日本の方々へ届け、より幸せな生活を送って頂きたいという思いです。

4.運営に「誠実」と「感謝」

「北欧・フィンランドと日本の交流を促進し、人々により幸せな生活をして頂く」目標に目指しながら、キートスショップは感謝の気持ちをベースに「誠実に対応する」ことを運営の第一事項にしております。いかなることに関しても最大限誠実な対応を致しますので、ご意見・ご質問は随時お問い合わせください。遅くても24時間以内にご返答致します。お問合せフォームはこちら、メール:ken@kiitos.shop。

5.キートスショップの名前

Kiitos」はフィンランド語で「ありがとう」を意味する言葉。『フィンランドには優れたデザインや製品を提供してくださることに、日本の方々には外国の文化を理解して頂くことに感謝し、ショップ経営に取り組んで行きたい』そのような思いから、ショップ名を「キートスショップ」にしました。

キートスショップは、「北欧・フィンランドと日本の交流を促進し、人々により幸せな生活をして頂く」ことが実現されるよう努めてまいります。

キートスショップスタッフ一同より(フールバージョンはこちら