もしフィンランドの陶磁器工業と製品の代表格が「アラビア」であれば、フィンランドのガラス工業と製品の代表格が「イッタラ」(Iittala)でしょう。
アラビア創立1873年の僅か4年後に設立されたイッタラは百数十年の歴史を歩み、イッタラ自身の歴史がそのままフィンランドのガラス工業の歴史であると言っても過言ではありません。
果たして百数十年前にフィンランドの田舎の小さい村で創立されたイッタラはどのようにフィンランドのガラス工業を代表するまでなったのでしょうか。
その発展を辿ってみていきましょう。
※写真引用:LASIMÄKI
1881年にフィンランドの田舎で創業したイッタラ(Iittala)
1881年の4月、フィンランド南部の小さなイッタラ村で元ガラス職人のスウェーデン人「Petrus Magnus Abrahamsson」が「Iittala Glasbruks Aktiebolag」(イッタラガラス工業株式会社のスウェーデン語標記)を設立しました。
当時フィンランドにガラス職人がほとんどいなかったため、スウェーデンから17名のガラス職人を募集し、1881年の11月に初製品が誕生しました。
しかし、工場は利益を出さないため、1888年に創立者のPetrusはイッタラを離れ、イッタラは当時役員のAnders Anderssonに渡りました。
その後、1895年にイッタラの大株主の息子であるClaës Norstedtはイッタラで店員から始め、役員まで抜擢され、イッタラ製品を売り込むためにフィンランド国内各地を走り回りました。
イッタラがこれで初めて大きく成長しました。
また、Claës Norstedtの意思によって、イッタラは初めて自社ガラスデザイナーを有することになりました。
それで1903年に初めて出された自社デザイン製品は「Great Men」という製品で当時フィンランドを統治していたロシアへの無言な反抗という意味が含まれた製品でした。
1917年第一世界大戦勃発し、原材料の入手が困難になり、財務状況も悪化したイッタラは木材関係会社のA. Ahlström Groupに買収され、1910~1920年代は輸入の型を用いてガラス製品を大量生産していました。
独自のデザイン機能を持たなくなったイッタラの製品はフィンランド国内及びに国外の多くのガラス製品に似たようなものしか生産していませんでした。
※写真引用:LASIMÄKI
イッタラの再生と新しい時代
デザイン性の乏しい製品を生産していたイッタラは1932年に社内デザイナーとしてGöran Hongellを迎え入れ、これでイッタラのガラスデザインがようやく新しい時代を迎えることができるようになりました。
1932年に行われたKarhula-IittalaデザインコンペでAino Aaltoのデザイン「Bölgeblick」が2位として受賞され、1949年に製品化され、生産が1960年に一度中断したが、1983年にKarhulaガラス社によって再開され、1994年から再びイッタラが該当製品を生産することとなり、現在でも販売され続けています。
※下記はAlvar Aaltoの作品です。
1932年以降、がらし製品の需要が大幅に増加し、Ahlström Groupは傘下のガラス製品製造技術を一新させ、Harhulaガラス部門を自動化生産の専門部署に、イッタラガラス部門を手作りガラス製品の専門部署と分けました。
その後、ロシアとの冬戦争及び継続戦争によってイッタラの生産活動は一時停止したが、終戦後に再開され、デザインの独創性にも力を注がれていました。
1960~1970年代にイッタラは通常のガラス製品以外に需要が高まった電球ガラスの生産も開始され、大きく成長しました。
1981年になると、イッタラはフィンランド最大のガラス製品輸出者となり、フィンランドのガラス製品の輸出額の77%を占めるまでなりました。
1983年にイッタラガラス部門は530名の社員を有していました。
1990年にイッタラはHackmann Groupに売却され、Hackmann Groupはすでにアラビアを買収したので、これでイッタラとアラビアが同じ会社の傘下となりました。
2007年にイッタラがフィスカルスグループに買収され、現在はフィスカルスグループの一員として事業を継続しています。
現在イッタラ及びアラビアの商品は全てイッタラの販売通路やイッタラショップに通じて販売しています。
※写真引用:LASIMÄKI
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